2022年10月23日日曜日

全国大会千葉県予選決勝トーナメント vs佐倉

こんにちは!
昨日、八幡球技場にて花園予選決勝トーナメント初戦、佐倉高校と対戦しました。

前半11分、県千葉の先制トライとなり、ゲームの主導権を握ります。その後も敵陣でのプレーが続き、追加点を重ね、前半を24-5で試合を折り返します。

後半も県千葉がゲームをコントロールし、4分にトライします。その後もトライを狙いますが、なかなか決まりません。しかし22分トライ、コンバージョンを決め、点差を大きく広げます。終盤に1トライ取られたものの、最終結果は38-12と県千葉が勝利しました。

しかし、トライラインギリギリでのペナルティを取られ陣地を戻される場面が前後半通じて何度か見られました。その点に関しては選手自身ももどかしいゲーム展開になったと思います。チャンスを全て活かせるプレーができるよう、次戦に向けて練習に取り組んでいきます。

また、保護者の方々、OBの皆様をはじめ、たくさんの応援ありがとうございました!!
次戦は10月30日、幕張総合高校と対戦予定です。
一般の方の観戦はできませんので、YouTubeの配信をご覧ください。

髙橋組一同、悔いの残らないよう精一杯戦いますので、最後まで応援していただけると幸いです。

ではまた更新しますね(*^^*)

2022年10月21日金曜日

髙橋組カウントダウン -あと1日-


こんばんは!
8日目は我が部長、髙橋佳士朗(SH)! 

Q. 佳士朗を一言で表すなら?
・岩佐「キャプテンシー溢れる立方体スクラムハーフ」
・李「巧みな話術で人を操るテクニシャン」
・越智「いいやつ」
・ひろき「パスうまいやつ」
・がい「熱い厚い男」
・佳士朗「イケメン天才高身長スクラムハーフ」
・れん「豆タンク」
・米田「高橋組部長」
そんな我らがキャプテン高橋佳士朗からご挨拶です。



51代目部長の高橋佳士朗です。
今からラグビー部での2年半を振り返りたいと思います。

千葉中出身だった僕は、高校入学前に千葉高の卓球部に早期入部していました。当然高校でも卓球をするつもりでしたが、一緒に入る予定だった友達全員が辞めると言い出し、1人でも続けるかどうか非常に悩みました。しかし1人でやっても楽しくないだろうと思い、結局卓球は辞めることにしました。
他に特にやりたいこともなかったので、帰宅部にするか、心を落ち着かせるために茶道か華道でも始めようかと本気で考えました。そんなときに千葉中卓球部の1つ上の先輩だった内田先輩にラグビーに誘われました。初めはラグビーなんてありえないと思っていたので、何度体験に誘われても理由をつけて逃げて頑なに行きませんでした。しかし、毎日のように教室に迎えにやってくる内田先輩、行かないことに逆ギレしてくる渡邊先輩に負け、「1度だけ」という気持ちで体験に行きました。するとなんということでしょう、信じられないくらい楽しかったのです。初めは親の反対もありましたが、かつての千葉中卓球部のチームメイトだった越智や拓翔が入部を決めていたこともあり、これなら高校生活を捧げる価値があるかなと、思い切って入部を決めました。

しかし、1年生の頃は辛いことがほとんどでした。体験のときはタグラグビーやタッチフットしかしなかったため、ラグビーの試合を見たことがなかった僕はそれがラグビーだと思っていました。それに先輩方も「ラグビーはこわくないよ。」「怪我なんてしないよ。」と言っていたので、初めて先輩方の激しいコンタクトを見た時は衝撃でした。あぁこれは騙されたなと思いました。1年生内でタックルの練習をするときは、本当に米田が嫌でした。こんなでかいやつどうやったら止まるんだ、と恐怖を感じていました。そして1年生は準備と片付け、さらに最後にグラウンド整備をやらなければいけなかったので、学校を出るのはいつも8時過ぎで毎日がしんどかったです。日々必死に生きていたので、辞めたいと思ったことも、みんなと辞めようぜなんて冗談交じりに話したことも何度もありました。でもここで辞めたら負けな気がして、学校にも部活にも毎日休むことなく行きました。
矢崎組の先輩方は雲の上のような存在で、憧れでした。為成先生も矢崎部長も練習の時から常に「ベスト4のプライドを持って。そしてもう一度ベスト4へ。」と口に出していて、先輩方のラグビーにかける思いをひしひしと感じました。矢崎組最後の試合となった東京学館浦安戦は、ベンチから応援することしかできませんでしたが、たった3点の差で涙を飲んだ先輩方を見て悔しい気持ちでいっぱいになりました。そして自分も強くなりたい、勝ちたいと思うようになりました。

代が変わり内田組がスタートし、人数がぴったりしかいなかったためいきなり試合に出るようになりました。初めは分からないことだらけでしたが、試合を重ね理解していくうちにどんどんラグビーが楽しくなりました。
内田組の先輩方は本当に優しく、面白く、毎日の部活が楽しみでした。特に内田先輩は自主練やウエイトにたくさん誘って下さり嬉しかったです。
人数が少なく思うように練習が出来ず、大会でもなかなかいい成績を残せずに辛い時もありました。パスが下手でFWや矢野先輩にたくさん迷惑をかけてしまい、責任を感じることもありました。それでも、矢崎組が達成出来なかったベスト4の舞台に立つために、高い目標を持ち続けて日々の練習に取り組みました。
そして迎えた秋の全国予選東海大浦安戦。シード校を倒すためにやれるだけの準備をしましたが、結果は5対26で敗戦。涙が止まりませんでした。自分が抜かれたのがトライに直結してしまった場面もあり、先輩方に対する申し訳なさしかありませんでした。試合後内田先輩に、「お前たちは今年から主力だったんだから来年もっと強い。頑張れ。ありがとう。」と涙ながらに声をかけられたのは今でもはっきりと覚えています。

内田組が引退し、気付けば自分たちの代になっていました。新チームが始まって少しして、その日の日替わりキャプテンだった僕が為成先生のもとに行くと、「あ、言っとくね、佳士朗がキャプテンだから。よろしく。」と唐突に言われました。驚きはありましたが、中学で部長をやっていたこともあり、抵抗はありませんでした。ですが、強烈なタックルで常に体でチームを引っ張てきた矢崎先輩や内田先輩のように自分がなれるのか、という不安はありました。でも指名されたからにはやるしかないと前向きに頑張ることにしました。
僕ら51代目が掲げた目標ももちろんベスト4でした。矢崎組、内田組の借りを返すため、そして県千葉として10年振りの全国予選ベスト4を達成するため、本気で取り組んでいこうとみんなで決めました。
しかし、ありえないくらいの困難の連続でした。ひろきとがいが腰椎分離で離脱し、新人戦は県大会1回戦敗退。遅刻、ズル休みは当たり前、準備もできない、挨拶もできない、辛いとすぐに辞めると言い出す2年生。何より辛かったのは、顧問の為成先生の異動です。先生のいない部活は考えられなかったので、この時は本当に辞めようと思いました。さらに1年生の勧誘に失敗しまさかの新入部員0人。例年以上に工夫し頑張った結果だったので、落ち込みました。2.3年生だけでは15人に足りず、昨年以上に人数に困ることになりました。そして結局2年生から退部者も出てチームはどん底にいました。
顧問の先生が森田先生に変わって迎えた関東予選。新たな助っ人を加えてなんとか15人揃え、まずはベスト8を目標に臨みました。初戦に勝利し迎えたベスト8決定戦はまさかのコロナによる相手チームの棄権で不戦勝。目標だったベスト8と秋の全国予選のシード権を獲得しました。この時思っていることは皆同じでした。運もあったがここまで来たんだったら、次も勝ってベスト4に行ってやる、そう新たに目標を定め、バラバラだったチームがひとつになって練習に取り組みました。結果は36対34、2点差で勝利しました。この時の喜びは一生忘れないと思います。ずっと言い続けてきたベスト4の舞台に立てたことは、今までの人生で1番嬉しかったです。

そして7人制大会、夏の市内大会が終わり、今秋の全国予選を迎えようとしています。コロナや人数不足で夏は思うように練習ができませんでした。練習試合ひとつするのにも、助っ人やOBの力を借りなければならず、ラグビーのプレー以外の面で過去最高に苦労した代だと思います。それでも諦めずにここまでやってきて、最後の大会を無事に迎えられることを嬉しく思います。あんなにひどかった2年生も変わってくれて、今では頼れる後輩です。

春のベスト4という自負はありません。県千葉ラグビー部というプライドを持って、最後の大会も初戦からチャレンジャーとして戦います。そして必ずもう一度ベスト4へ行きます。
勝ち上がると戦う可能性のある幕張総合高校は、7人制大会で引き分けの末、僕がハズレくじを引いて負けた相手です。この借りは必ず返します。

最後になりますが、今まで支えて下さった先生方、先輩方、たくさんのOBの方々、マネージャー、助っ人のみんな、応援してくれた家族に本当に感謝しています。勝利で恩返ししたいと思います。ありがとうございました。



読んでいただきありがとうございました!
ここで、マネージャーからも思いを綴らせて頂きたいと思います。もう少しお付き合いください。 

平山香乃(MG)
ラグビー部の大黒柱であり、先生や部員からの信頼も厚い。温厚な性格で誰も怒っているのを見たことがない。実は双子。


マネージャーの平山香乃です。
私も今までを振り返って今の思いを文章にしたので、読んでいただけると嬉しいです。

まずラグビー部に入った経緯についてお話ししたいと思います。
私は中学の頃から、高校は土日に活動がない部活に入ろうと決めていて、最初は緩めの文化部に入ってました。そして1ヶ月くらいしてから部員に声をかけてもらい見学に行きました。初めはとりあえず行こうという軽い気持ちでしたが、先輩マネージャーが楽しそうに部活について話してくれて、雰囲気もとても良くて興味を持ちました。その後も見学に行きましたが、私は人見知りで大声も出すのも苦手なので、マネージャーは向いてないと思い、入るかすごく悩みました。でもなぜかここで入らなかったら後悔すると思い、入る決断をしました。本当にラグビー部に入るか入らないか、高校生活で1番悩んだかなと思います。周りの人にマネージャーをすると言うと、みんなに驚かれましたが、今となれば入る決断をして良かったです。

その後、マネージャーとして活動するようになりましたが、初めは兼部していたこともあり、多く休んでいて迷惑をかけました。テーピングの仕方やスコアの書き方も何もわからず、ただただ先輩の後を追ってました。入ったのが7月末だったのもあり、気づいたら夏休みも過ぎて矢崎組最後の大会になっていました。今となって振り返ってみると、もう少し何かできたのではないかと後悔しています。
それからは段々仕事を任せられることも多くなり、ラグビーの知識も増えて、ようやくマネージャーになれたかなと感じてました。そして何より部員、OBや保護者の皆さんが「ありがとう」と言ってくれることが嬉しかったです。重い荷物を持ってるといつも部員が手伝ってくれて幸せ者だなと思ってました。
また、先輩方にも優しくしていただいて、沢山のことを学びました。先輩方は細いことにすぐ気づいて、対応力もすごくて今でも憧れです。ありがとうございました。

最高学年となってからは、今まで先輩を頼っていたことを自分でやるようになり、相手の監督さんと話す時にこの敬語で合ってるかなとか、部活で不足してるものないかなとか、考えることが多くなりました。また、部を引っ張る同級生や後輩の姿を見て、ラグビー部の存在が自分の中でより大きくなりました。そして今でも忘れられないのが春の八千代松陰戦です。その時は高台でビデオを撮っていたのですが、その時の光景をずっと覚えてます。試合終了の笛が鳴った後、一気に沸く大きな歓声やみんなが本気で喜ぶ姿、先生方の笑顔。今までで1番感動した光景だったと思います。今年の代はコロナで合宿や遠くの遠征は行けなかったけど、それでも数え切れないくらい思い出があります。特に食べ放題に行った時は部員の頼む量や白米の量に驚きました。どれも全部楽しかったです。
3年生は色んな人がいますが、近くで見ていて、みんなが他のことを犠牲にしながらも本気でラグビーと向き合っているなと感じます。練習後も遅くまで残って練習したり、昼休みにウエイトしたり、合間を縫って勉強していて、そんな部員の姿を見て、いつも頑張らないとなと思ってました。
3年生。私はマネージャーっぽくなかったかもしれないけど、誰よりも近くでみんなを見れて、たまには頼ってくれて嬉しかったです。ありがとう。あと少ししかないけど、これからも応援してます。頑張れ!

後輩マネージャーへ
後輩マネとは先輩後輩関係ないくらい仲良くて、趣味も同じで、私は勝手に大親友だと思ってます。率先して仕事をしてくれて、色んな場面で助けてもらいました。髙橋組は人数も少なくて、本来3年マネがやる仕事を頼んだり、責任が大きかったりと大変なこともあったと思うけど、後輩マネがいたから2人で選手のサポートができたと思います。絢音ちゃん。本当に2年間ありがとう。一緒に過ごした時間は宝物です。
大大大好き!笑

また、OBの方々や先生方、保護者の皆様の支えがあってラグビー部は活動できていると日々感じてました。ありがとうございました。最後ですが、3年間振り返って、本当にラグビー部に入ってよかったです。高校生活は部活中心で、大切な仲間に出会うことができ、またマネージャーの仕事を通して少しは人として成長できたかなと思います。ラグビー部に誘ってくれた部員、ありがとう。もう少しで引退で、もうマネージャーができないと思うと悲しいですが、最後まで全力で選手を支えたいと思います。


8日間ありがとうございました。
遂に明日、髙橋組最後の大会が始まります。泣いても笑っても負けたら引退です。今までの練習を糧に最後まで駆け抜けます!応援よろしくお願いします。

2022年10月20日木曜日

髙橋組カウントダウン -あと2日-




こんばんは!
7日目は越智拓海(LO)!
今最も勢いに乗っている漢。自称ラグビー部の大参謀兼クラスの中心的存在。(友達はいない。)     
全ラグビープレイヤーに告ぐ
「越智が通る、道をあけろ」


こんにちは。51代高橋組副将兼FWリーダー兼大参謀兼焼肉幹事のLO越智拓海です。
長かったようでまあ割と長かった毎日を終え、やっと勝負の日が近づいてきました。
まずは感謝の言葉から始めさせていただきます。僕ら51期が花園予選に出場できることそれ自体が奇跡であり、いろんな人の協力のもとでしか成り立たないものだと思います。自分を追い込むこと、勝利への執念を教えてくださった矢崎組の先輩方。一緒に戦う中でチームプレイの楽しさ、難しさを教えてくださった内田組の先輩方。助っ人や練習に参加してくれたみんな。ほとんどの練習試合で参加してくださったOBの先輩方。ずっと一緒にプレーしてくださり、ラグビーの楽しさやラグビー部としてのあり方を背中で示してくださった為成先生。いつも的確なアドバイスをくれて、僕らの精神的支柱となってくださった古田先生。体のケアや部員の心構えのありかたを指導していただき、また入部時から2年半通じて見守ってくださった池辺先生。中学3年の時にラグビー部の存在を教えてくださった村澤先生。僕たちが試合で勝つための戦術、技術、努力を教えてくださった森田先生。僕らの毎日を成立させてくれた両親。全ての人の支えで今高橋組が県千葉の名前を背負って戦うことができます。本当にありがとうございました。
 ここからはこれを読んでくれる人のためにも、また試合前の部員へのモチベーションのためにも、高橋組のメンバーについて紹介と僕からのイメージや思い出を書きたいと思います。(パラメータは一応5段階評価です)

No.1 PR 磯金知輝 2年
体重:5   モチベ:5    破壊力:4
野性味:2   スピード:1
磯金は本当に重いです。スクラム,モールなどで彼の重さはチームの大きな武器です。ウエイトも頑張っていたしFWで一番真面目に話を聞いてくれる1人でもあります。磯金はまだまだもっと暴れられます、試合では自分を全面的に出して、暴れて相手を蹴散らして欲しいです。

No.2  HO 渡邊健太
スロー:4.5  向上心:5 第一印象:5   
マイペース:5 礼儀正しさ:2

健太はラインアウトのスローワーという一番難しく、一番大事な仕事をこなしてくれました。この一年で本当に上手くなったと思います。練習後ヒット練したりして確実に成長しているので自信を持って戦って欲しいです

No.3 PR 米田和博
行動力:5  優しさ:5  馬力:5 知性:1 責任感:5

米とは3年間近いポジションでずっとやってきました。たくさんの苦労や苦悩の上に今の米があると思います。特に高2の1年間はずっと戦っているのを感じました。ですが2年間通して県千葉の1番の得点源は米の組むモールだし、セットプレー中心に立派な県千葉の核だと思います。まぁ時たま判断ミスするのと常に空気読んでないせいでよく怒ってたりイジったりしましたが、米は責任感があるいいやつです。最後まで走り切りましょう。

No.4 後述
No.5 長野新
ポジティブ:5 スピード:4  金髪:4
声:4 肩:1
怪我に苦しんだ1年だったと思います。自分ができること、すべきことをしっかり考えて頑張ろう。最後まで一緒に戦いましょう。

No.6 FL岩本将太
ガッツ:5  適応力:5 声:4.5   
運動量:5  加入時期:2
ラグビー始めて1年足らず、驚異的な成長率です。本当に器用で今のFWになくてはならない存在です。ついこの間まで助っ人だった気がしますが今や信頼して隣を任せられます。
試合ではチームをリードするつもりで頑張りましょう。

No.7FL 岩佐達樹
安心感:5 経験:5  ハイテクさ:5   
タックル:5  水泳:?
岩佐が重い腰をあげてくれたおかげで僕たちは試合ができます。僕らは1年の時からいろんな人に勧誘しましたが、ことごとく断られていく中で岩佐がもう一度ラグビーと向き合ってくれたことは僕らの想いが通じたようで嬉しかったです。最後まで戦いましょう。

No.8 李拓翔
知性:100 タックル:5 器用さ:5  
餃子の王将:5 ウエイト:2
タクトとは中学卓球部時代から6年の付き合いです。多分自分には想像できないくらいの期待とプレッシャーの中で生きていると思います。だけど一緒にラグビー部に入れたこと、ここまで一緒に戦い続けられたこと、本当に嬉しいです。辞めたいときも多かったと思うけど、最後に納得できるような試合をして、喜びたいと思ってます。頑張ろう。

No.9 後述

No.10 坂田大樹
体重増加:約30 キック力:5 ゲラ度:5
笑いの守備範囲:5 ギャグセン:1
ひろきは高校で出会った人間で一番仲良くなった気がします。長期休みはほぼ毎日飯を食いに行きました。彼はどんなにしょうもなくてマニアックなネタにも笑います。本当に便利な人間です。ラグビーは、まぁ自覚してると思いますが判断ひとつひとつがゲームを左右すると思うので大きな声出して頑張ってください。ノックオンは許しません

No11 WTB 鈴木ゆうたろう
天然度:5 頑張り:5  優しさ:5 成長度:5
モノマネのしやすさ:5
ゆうたろう本当に成長したなと思います。この2年間諦めずにつらい練習やってきたことは大きな財産になると思います。最後の試合、やってきたことに自信を持って戦ってください。最後まで頑張ろう。

No.12 CTB  副将 森浦ガイ
決定力:∞  丈夫さ:0  タックル:5
見かけの優しさ:4 重厚さ:-5
なんかずーーーーと怪我してて正直言うことはあんまないですが、ラグビーが好きな点は好感が持てます。中学時代から6年間浅はかな人間だと思い続けてきましたが、どうやらこの部のエースであるようなので、是非とも多くのトライを取ってください。全力でサポートに走りますので極上のラストパスを期待してます。

No.13 CTB 柴山皓太郎
献身:5 フットワーク:5 丈夫さ:5
入部時のドラマ性:5 びわ:100
柴山は多分1年の秋からずっと試合に出てて、大きな怪我もなく全試合戦ってくれました。BKの先輩方がよくいなかった分大変な場面も多かったと思うけど、センターとして貫禄が出てきたと思います。後悔のないように強気にプレーしましょう。

No.14 WTB 山崎廉
劇的加入度:5 劇的離脱度:6  脳への心配:5.
キック:5 オーバー:10
よく帰ってきたザッキャ!最後まで走り切ろう!!

No.15 FB 橋本彗士
ランのキレ:5  身体能力:5 マイペース:5
工芸部:4 釣り:4
最後尾としてカウンターやキック処理頼みます。自分の得意なところで勝負ができるように強気なプレー期待してます。
 
MG 平山、須藤さん
本当にありがとうございました。僕らは人数が少ないのでフィールド外の仕事ほとんど任せちゃってた気がします。2人のサポートなしでは僕らは戦えません。最後に笑って終われるように一緒に頑張りましょう。

No.9 SH 主将 高橋佳士朗 
キャプテンシー:4 気の短さ:5  パス:5
ラグビー理解度:5 勝利への執念:∞
けいじとは卓球部時代から主将と副主将でやってきました。自分がラグビー部に初めてきたとき、どうせやるなら本気で勝ちたいと思ったので、誰よりも負けず嫌いなけいじろうを誘いました。大参謀として彼をラグビーに誘ったのは大きな功績だと思います。彼はかなりの神経質で僕は誰よりもガサツですが、6年間一緒にやって来れたのは勝つことが好きと言う点で一致していたからだと思います。今回キャプテンシーを4にしたのは、まだ目標を達成してないからです。僕らの中学時代は目標だった県大会まであと1勝のところで終わりました。目標はベスト4間違いなく射程圏内です。チームを勝利に導き最高のキャプテンになってください。

No.4LO 副将 越智拓海
パワー:5 スピード:5  丈夫さ:5
重厚さ:10 友達:0
執筆開始時の予想を上回りかなり長くなってしまいましたが、最後に少しだけ自分語りをさせてください。自分はなんかおもろそうという理由でラグビー部に入りました。その後たくさん傷ができたり、めちゃくちゃ走らされたり、筋トレ死ぬほどやらされたり、全てが新鮮な毎日で大変だけどとても充実感がありました。もしかしたら今の社会の流れと逆行してるのかもしれないけど、根性とか気合いとかそういう言葉が飛び交うラグビー部のあり方はかっこいいと思ったし、そうなりたいと思いました。そんな始まりから今日まで、実にドラマティックな経験をさせてもらいました。今の僕の誇りは内田組から2年間全試合にフル出場できたことです。2年時に一度膝を怪我しましたが、欠場することなく頑張れたのは、丈夫に育ててくれた両親、無料で診てくれた千葉寺整形外科さんとおかげです。はい、結局のところ僕は体を当てるのが好きなので1回でも多くぶつかれるように頑張って走りたいと思います。そして絶対にベスト4へ行く!!勝ってみんなでラーメンを食いましょう!!



読んでいただきありがとうございました。
そして本日は、監督の森田先生にも大会への思いを書いていただきました。是非ご覧ください。



県立千葉高校ラグビー部監督の森田です。

 

今年度4月から県立千葉高校に着任し、まだ県立千葉高校ラグビー部顧問として日は浅いですが、選手たちの目標であるベスト4を目指して、日々部活動に励んでいます。

選手たちとの関わりも約半年ほどしかありませんでしたが、少し話をして応援のメッセージとさせていただければと思います。

 

着任する前の県立千葉高校の印象は新人戦で予選リーグは突破するものの、決勝トーナメントでは1回戦負けで、正直に言うと特に特徴もなく普通のチームという印象でした。県立千葉高校への異動が決まり、練習を見ることになってもその印象は変わりませんでした。その上、4月からの春休み練習はコロナにより中止。いざ始まり勧誘を頑張るものの新入部員は0。関東予選は助っ人を入れてほぼ15人ジャスト。前任の為成先生から現状を聞いていたものの、お先が真っ暗過ぎて未来が見えない始まりでした。そんな中始まった関東予選。1回戦は柏中央高校に途中危ない場面もありましたが勝利。2回戦の千葉南高校は相手の棄権により勝利。3回戦の準々決勝は私がコロナでいない中、八千代松陰高校に劇的な逆転勝利。準決勝は棄権により敗戦。3位決定戦は東海大浦安高校に前半勝っていたものの、後半逆転され敗戦。終わってみればベスト4という成績で、県立千葉高校の底力を見せた結果でした。

 

 私の感じている県立千葉高校の力とは、探求力とやり遂げる力です。自分達で調べ、考え、行動し、やると決めたことを自分達で徹底してやり切る力です。東海大浦安高校から奪った1トライはまさにその象徴でした。今年は特に部員が少ないため、練習も10人前後で行うことが多く、菅平合宿も行けず、思うように自分達がやりたいことができませんでした。しかし、その中でも工夫してやれることを探し、気持ちを切らさずにここまでやってきました。最後は自分達のやってきたことを信じて、みんなの想像を超える試合をすることを期待しています

 

最後に3年生が最後まで活動を続けることができたのも、保護者の皆様のご協力、OB会の皆様によるご支援など多くのお力添えあってのことと心から感謝しております。大会は保護者の方のみの観戦となりますが、千葉テレビYoutubeチャンネルで放送しておりますので、選手達の勇姿を観ていただけたら幸いです。

県立千葉高校ラグビー部の活動と今大会の開催に尽力していただいた方々に、感謝の気持ちを持って最後まで全力でプレーしますので、是非楽しみにしていて下さい。



ありがとうございました。明日もお楽しみに!



2022年10月19日水曜日

髙橋組カウントダウン -あと3日-


こんばんは!
6日目は森浦雅日(SO/FB)!
県千葉が誇る絶対的エース。中学時代最後の試合でユニホームを忘れ、前半出場できなかった過去を持つ。
彼は言う。「1番の敵は忘れ物ですね。」彼の活躍に期待。



遠い未来の話だと思っていた自分達の代の花園予選がもうすぐ始まると思うと、寂しい気持ちも高揚感、緊張感など色々な感情が混ざって不思議な感じがします。この場で言うべきことではないかもしれませんが、やっと解放されるのかという感情も正直なところあります。それだけ、51期のみんなとは多くの大きな困難を乗り越えてきました。今日は僕のラグビー部での3年間を振り返っていこうと思います。
中学の頃サッカーをやっていた僕は、サッカー部に早期入部しており、そのままサッカーを続けるようと思っていました。しかし中学の部活が緩く、サッカー部でやっていく自信がなかったため他の部活に入ろうかなと揺れていました。そこで小学生の頃やっていたラグビーの楽しさを思い出し、高校でもやってみようかなと思い、何となく入部しました。先輩たちが優しく、3年生までもが1年生に積極的に話しかけてくださり、その雰囲気がとても好きでした。矢崎組の先輩達は強く、優しく、「2年後にはこうなっていたい」と思わせてくれる憧れの先輩方でした。今までずっと「ベスト4になりたい」と思い続けることができたのは、間違いなく矢崎組への憧れがあったからだと思います。
そうして内田組になるわけですが、人数も多く活気のあった部活が一気に小規模になってしまった衝撃を今でも覚えています。今まで引っ張ってもらう立場だったのが一転し、主体的にラグビーをしなければならない立場になりました。しかし、このおかげで活躍する場面も増えて自信もつき、大きく成長できました。特に、U17に選ばれたのはとても自信になり、モチベーションにもなりました。しかし、楽しいことばかりではありませんでした。地獄の勧誘期間、ザッキャの退部、市松との練習試合、怪我など辛いこともたくさんありました。特に勧誘期間、1年生がなかなか入らず、先輩達が引退してしまったらどうなってしまうのだろうと考え、家で1人で泣いていたのを思い出します。この勧誘期間は本当にしんどかったです。入ってくれた2年生には心から感謝しています。そんな辛い状況の中でも、先輩達は僕らが道を外れないように共に歩んでくれました。特に内田先輩が練習後にウエイトに連れて行ってくれたのは良い思い出です。今になって、あの状況でキャプテンになり弱音1つ吐かずチームを引っ張り続けた内田先輩はすごいなと思います。そして迎えた花園予選、東海大浦安戦は今までにないくらい勝ちたくて、何度も何度も東海大浦安のビデオを見て作戦を立てました。それでも勝つことができず、悔しかったのはもちろんですが、先輩達がいなくなってしまう寂しさで涙が止まりませんでした。
そして、最高学年となり、高橋組が始動しました。正直ここからは「ラグビー部員であり続けること」に大きな労力を割きました。大会に参加すること、練習試合をすること、タッチフットをすること、今まで当たり前だったことが当たり前にできなくなりました。人数が少ないからか部員のモチベーションも上がらず、活気に満ちていた頃のラグビー部は姿を消しました。部室で何度「みんなで辞めようぜ」と話したか分かりません。受験勉強を犠牲にするだけの価値があるのか、やりがいがあるのかと聞かれた時に肯定できなかった時期もありました。それでも今まで続けてきたのは、仲間がいたから、意地、ラグビーが好きだから、正直辞められる状況じゃなかった、、などなどたくさん理由はありますが、やっぱり1番は春大の松蔭に勝った時の嬉しさが忘れられないからだと思います。あの時、「ラグビーをやってて本当に良かった」と初めて思えました。秋にもう一度あの舞台に立ちたくて、今まで多くのことを犠牲にしながらも踏ん張り続けて来ました。だから、後悔なく、笑顔で引退を迎えられるよう、全試合全力で挑みます。
長く拙い文章となってしまいましたが、最後に今までお世話になった方々への感謝の気持ちを書いて終わりたいと思います。

OBの方々
物品類のサポート、練習での指導に加えて今年は助っ人として試合に出ていただく機会もあり、多くの人に支えられてラグビーができていることを実感出来ました。ありがとうございました。

先生方
日々の指導からは、ラグビーのことだけでなくオフザピッチのことも多く学びました。ラグビーを楽しむことを忘れず、教わったことを発揮できるよう頑張ります。

家族
いつも家に帰ると当たり前のようにご飯が準備してあったり、お風呂がわいてたり、家族のおかげでラグビーができているのだなと感じます。いつもありがとう。

マネージャー
ウォーターを準備してくれたり、テーピングをしてくれたりと部員が不自由なくラグビーをできる環境を作ってくれてありがとう。自分がプレーする訳でもないのに、泥臭い僕達に尽くしてくれて本当に感謝しかないです。

2年生
最初の方は、ラグビーへのやる気が感じられず、注意されても不貞腐れたり、声出さなかったり、サボったり本当に大変な代でした。2年生達自身もモチベーションが上がらない中で続けてくるのは大変だったと思います。でも徐々にラグビーに関心を持つようになってきて、プレーの面でもどんどん良くなってきているから、あとは自信を持つだけ。一緒にラグビーができる残りの期間を最大限楽しもう。俺達が引退した後、合同チームになってしまうけど、なんとか続けてくれたら嬉しいです。

3年生
ラグビーが好きな人が多くて、普通に仲が良くてこの代だから「辞めようぜ」とか言いながらもラグビーを続けられました。特に、佳士朗が居なかったら絶対部は成り立ってなかったし、マジで佳士朗が部長でよかったと思ってます。部室でグダグダしたり、飯食いに行ったり(何百回行ったんだろう)、一発ギャグ動画を作るのに何時間も使ったり、本当に楽しかったです。ありがとう。

本当に長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。これから始まる大会、全力で頑張りますので応援よろしくお願いします。



読んでいただきありがとうございました。明日もお楽しみに!

2022年10月18日火曜日

髙橋組カウントダウン -あと4日-


こんばんは!
5日目は坂田大樹(SO/CTB)!
本名、サカタ・ビル・ウィリアムズ。いつも笑っていて何も考えていない。入部時から25kg増やした圧倒的パワーから放たれるキックが武器。


3年SO,CTBの坂田です。3年間のラグビー部でのことについて書きたいと思います。
1年生のときは先輩に勧誘され練習し、コンタクトプレーのことなどを考えずに、部の雰囲気が良かったので入部しました。練習が始まると、帰る時間が遅かったり、タックルが痛かったりということはありましたが、同期内で仲がいいこともあってか、あまりつらいとか辞めたいといったことは思いませんでした。矢崎組の最後の試合では、強い先輩たちが負けるのが信じられなくとても悔しかったです。この頃からラグビーに対する熱が高まっていったのかと思います。

内田組になってからはセンターとして試合に出ました。当時はだいぶ細かったので、新人戦で八千代松蔭のトイメンを見たときはでかすぎてビビりました。この試合の後から増量することを重視し、食べる量を増やしました。確かに体重はチームで一番増えましたが、筋肉の量がついてこず、怪我も増えたように思います。今考えると、もう少しゆっくりとした増量でも良かったなと思います。また内田組のときには、阿吽の呼吸で千葉県最強のセンターコンビになると思っていたざっきゃがやめ、だいぶショックでした。まあウィングとして戻ってきたのでオッケーです。内田組最後の試合では自分のよさを出すことが出来ず、尊敬する先輩たちと勝つことが出来ず、一週間くらい他のことが手につかないくらい悔しかったです。

高橋組になってからはこれまでとは違う意味で辛い日々が続きました。新入部員は0人で、人が少なく活気もない、まともに練習できないような日が続き、内田組の最後の試合の後に持っていた、絶対にベスト4に行ってやるというモチベーションを保つのが難しいときもありました。また、高橋組が始まった直後に腰椎分離症になり、約3ヶ月の離脱を余儀なくされました。この期間は試合に出れないもどかしさなどで本当につらかったです。3年間を通してこの時期が一番嫌でした。たまたま同じ怪我をしているがいがいたため、どうにかして乗り切りました。彼がいて本当に良かったと思います。このようにだいぶ大変なスタートを切った高橋組でしたが、春大会で助っ人も入れて人数ぎりぎりの中で八千代松蔭に勝ち、ベスト4になったときは、人生で一番と言ってもいいほど嬉しかったです。今でも勝った瞬間のことを思い出してニヤつくほどです。

こんなこんじで3年間いろいろなことがありましたが、僕自身ラグビー部に入ったことで心身ともに成長したんじゃないかなと思います。部活に対するモチベーションを完全に無くし、サボりまくっていた中3の僕はこの時期まで部活をやるとは想像もできなかったでしょう。ここまで熱中できるスポーツと、本気で部活に取り組む仲間に出会えたことを本当に嬉しく思います。
もうすぐに最後の大会が始まります。高校の部活に悔いを残さず終われるように最後まで頑張ります。まとまりのない文章になりました。終わります。


読んでいただきありがとうございました。明日もお楽しみに!

2022年10月17日月曜日

髙橋組カウントダウン -あと5日-




こんばんは!
4日目は李拓翔(No.8)!
トレーニングルームには来るがウエイトをしているのを誰も見たことがない。試合ではお得意のマシュマロタックルで相手を突き刺すトリリンガルムーミンボーイ。



3年No.8の李拓翔です。最後の大会に際しまして、拙い文章ではありますが、自らのラグビー部との思い出を綴っていきたいと思います。

僕達の高校生活の始まりは通常よりは遅い6月からでした。新型コロナウイルスによる全国一斉休校の影響で、学校に行ってクラスの同級生と初めて顔を合わせたのが6月で、部活の勧誘もその頃始まりました。当初はラグビー部の存在こそ知っていましたが、自分とは一切縁のないものだと思っていました。ラグビー部の勧誘は新入生の間で噂になるほどしつこく、もれなく勧誘された僕は友達と一緒に体験入部をしました。初めて参加したパス練習では、先輩たちの声掛けで雰囲気がとても明るく、楽しかったことを覚えています。その後中学の同級生を誘ったりして練習に何度か参加するうちに、かっこいい先輩たちと練習の楽しい雰囲気に惹かれて、ラグビー部に入るという決断をしました。

矢崎組の先輩方と過ごした期間は短かったですが、毎日の練習や練習試合での新しい発見などラグビーとの関わりに溢れていて、とても濃い時間だったと思います。矢崎組がベスト4目前で学館浦安に3点差で負けた時も、3年生が引退するということが信じられなくて、コート外でただ応援していただけの身でしたが悔しくて泣いていました。

内田組が始まった当初は人数も14人のみで、矢崎組での活気のあった練習との落差を感じていました。その頃になって初めて試合にも出て、まともにコンタクトプレーをするようになり、今まであまり感じていなかったラグビーの「痛い部分」に触れだしたと同時に、弾丸のような内田先輩や筋骨隆々の野口先輩をはじめとする先輩方とのヒット練やタックル練を苦痛に感じるようになっていました。春休みの終盤には練習試合が3~4日続いた時があり、正直心身ともにへとへとでした。その後の春の関東大会予選では、ベスト8手前の八千代松陰戦で負けたことによって秋の大会のシードを失ったので、9月から予選リーグが始まることになりました。

2年生になって、新しく1年生が入部したことで、部も賑やかになり部活へのモチベーションも上がっていたと思います。しかしその後、退部者が出たり、練習や練習試合がほぼ毎日あったりしたことで部活へのモチベーションも下がり、辞めたいと思ったことが何度もありました。そんなこんなで夏休みに突入し、練習や試合に取り組んでいる間はそのような考えも忘れていて、気づけば3年生にとっては最後の大会がある秋になっていました。決勝トーナメントでは芝柏に僅差で勝ち、次の東海大浦安に勝てば学館浦安と試合ができるというところまでいきましたが、東海大浦安戦が内田組最後の試合となってしまいました。

自分たちの代が始まってからは、今まであまり活躍できなかった自分が、ゲインできたり、タックルに上手く入ることができるようになったりして、チームを支える存在になれた気がして嬉しかったです。しかし人数は依然として少なく、新人戦でも思うような成績を残せずに、あっという間に冬が終わりました。ラグビー部としては2度目の春、新入部員との出会いを楽しみにしていましたが、勧誘の甲斐もなく新入部員は0人という結果になってしまいました。そんな中でも高橋組は関東予選で去年の関東予選で負けた八千代松陰に何とか勝つことができ、ベスト4という好成績を収めることが出来ました。憧れであった矢崎組と同じ成績であるベスト4に入ることができた喜びは今でも忘れません。

思い返してみると、高校生活はずっとラグビーと共にあって、辛い時や辞めたくなった時は数え切れない程ありますが、ここまで続けてこられたのも、愉快で個性溢れる3年生や、色々ありながらもこれまで続けてきてくれた2年生、いつもサポートして下さったマネージャー、助っ人として何度も練習試合に参加していただいたOBの方々、多くのアドバイスや技術指導をして下さった森田先生、部員をいつも気にかけて下さった池辺先生や村澤先生、ラグビーの楽しさを部員と一緒にプレーしながら教えて下さった為成先生や練習を見に来て下さった古田先生などの多くの人の支えがあったからだと思います。

気が強くトーク力に定評のある佳士朗、ラクビー部では生き生きとしているオチ、人間関係のだらしないガイ、いつもニコニコでパンパンのヒロキ、なんだかんだチームに貢献するヨネ、チームに必要な助っ人イワサ、多分ラグビーとは縁がありそうなレン、みんなで一致団結して最後の大会では、悔いの残らない試合をします。応援よろしくお願いします!



読んでいただきありがとうございました。明日もお楽しみに!

2022年10月16日日曜日

髙橋組カウントダウン -あと6日-


こんばんは!
3日目は米田和博(PR)!
普段から何を考えているかわからない彼は、よく意味不明な行動をとる。しかしラグビーとなると圧倒的パワーで相手を粉砕する心優しきモンスター。県千葉伝統のモールは彼なくしては成り立たない。



こんにちは。高橋組の米田和博です。
毎年先輩方のカウントダウンを見てこのブログを書くのは遠い未来のことだと思っていましたが、とうとう自分達の代の番が来てしまいました。時の流れの早さを痛感しています。
今だからこそこんなことを言えますが思い返せば、ラグビー部で過ごす時間全てが辛く、早く引退できればいいのにと考えていた時期もありました。そんな中でも支えてくれた人や仲間達への感謝の気持ちを込めつつ、このブログを書くことにします。
昔から僕は自分の体格に自信があり、それこそラグビーといったコンタクトスポーツに向いていると薄々思っていました。(若気の至り。)時は流れ、高校に入学し、矢崎組の先輩方のラグビーを楽しむ姿に魅了され、勢いに身をまかせ、誰よりも早く入部しました。この頃の何も知らなかった僕は今では考えられないくらい自信とエネルギーに満ち溢れていました。(きっと休校期間中に有り余ったもの。)この頃の軽率な態度のせいでみんなの不信感を募らせてしまいました。この場を借りてお詫び申し上げます。とにかく根拠の無い自信と後先考えない行動でこの時期はなんとかしていたように思えます。ところが、そうこうしているうちに僕の部内での雲行きが怪しくなってきました。まず足首を捻挫し1ヶ月半ほどラグビーの練習に参加できませんでした。この間に部員達との技術の差は開いていき、とても楽観的なことを言っている場合ではなくなっていました。初めはなんとなく練習がめんどくさいから無理するのをやめようと思っていましたが、塵も積もれば山となるとはまさにこのことで気付いたときには簡単に取り戻せないほどの差が生まれていました。そんな中、矢崎組が引退し、内田組が始動しました。内田組になってからは部員が一気に矢崎組のときの半分になり、自動的に試合に出ることになりました。しかし、僕はタックルはおろか体を当てることさえできず、毎日古田先生や為成先生、内田組の先輩に怒鳴られてばかりで自分の無力さに打ちひしがれていました。特に先生方には入部した当初から「体重が重くていいね。期待しているぞ。」と期待していただいていた分、余計に悔しかったです。この時期は毎日部活に行くのが本当に苦痛でした。自分の現状を何一つ変えることができずに、季節は流れていき、2年生の秋を迎えました。しかし、少しずつですが、自分の中で良い兆しが見えていたように思います。特に内田組の壮行会で古田先生賞を受賞したとき、まだ自分にはチャンスが残っているのだと、もう一度みんなと同じ熱量を持って戦いたいと強く思ったことは忘れられません。古田先生僕を選んでくださってありがとうございました。その少し後、内田組の花園予選の初戦、千葉工業戦でチーム1本目のトライを取った時、僕はラグビーが好きになりました。あの日、今日のヒーローはお前だと言ってくれた野口先輩、笑顔でボールを拾いに来た矢野先輩、俺がトライする姿を見て泣いた雅日、自分の差し入れを「やるよ」とくれた渡邉先輩、これらどの瞬間も今も鮮明に覚えています。「やめなくてよかった、最後まで戦い抜こう」そう決意した瞬間でもありました。東海大浦安戦の日のアップの時、内田先輩と野口先輩に「米田、今ラグビー好き?」と聞かれ、「もちろんです。まだまだ一緒にラグビーやりましょう。」と僕は答えました。小説やドラマでこういった類いの発言をすると所謂フラグとなってしまいがちですが、実際この日が内田組最後の日となってしまったので、自分が気を利かせて他の応答をすれば良かったとずっと後悔しています。高橋組が始動してからは新しい悩みや不安が増えました。端的に言うと、来て欲しい人に来てもらえず、来なくていい人に限って来てしまうといったところでしょうか。それでも春の大会では組み合わせや対戦相手の棄権などさまざまな要因が積み重なって県千葉ラグビー部の目標であるベスト4まで手が届くところまで来ました。ベスト4を決めた八千代松蔭戦のときが部員全員が一番一致団結したときではないかと思っています。そこから、セブンスの大会、夏休み、市内大会を経て(途中コロナや体調不良、怪我等で離脱する人もいましたが)ここまで来ました。ここまでの二年間が一瞬で過ぎ去ったので、残りの二週間は瞬きする間に迎えているのでしょう。
ここで、みんなへのメッセージを書こうと思います。
磯金。いつも真面目に筋トレしてストイックに自分の役割を全うしていてとても尊敬しています。ウエイトのペアとして、PRの相棒として、本当にありがとう。
優太郎。辞めたいと思っていた気持ちよくわかります。でもここまでついてきてくれてありがとう。腰気をつけてね。
柴山。いつも体育祭実行委員大変ですね。嫌なことを耐えて頑張る姿が印象的でした。頼りない先輩なのに敬ってくれてありがとう。
慧士。もう少し本気の顔見たいです。多分全力じゃないのに上手なプレーができるのだから、本気出したら絶対強いはず。最後までいてくれてありがとう。
健太。先輩や先生との接し方が一番上手いのではないでしょうか?健太の👍嫌いじゃなかったです。スローをどんどん上達させてくれてありがとう。
新。よく笑ってよく泣いてるイメージが強いです。高橋組の最後は笑って終わろう!なんでも言ってくれてありがとう。肩抜けないようにね。
もっちー。最初誰かわからなくてごめんなさい。スクラムのFLの押し方、最初からめちゃくちゃ良かったです。仲間になってくれてありがとう。
佳士朗。塾行く前に公園でコンビニのご飯食べる時間が好きでした。試合中に何回も怒鳴らせてごめん。それでも優しくしてくれてありがとう。
雅日。なんでもできるの尊敬してます。自分は不器用なので信じられません。工業戦のトライで泣いてくれてありがとう。
大樹。唯一の外進生として接しやすかったです。二人で豚骨ラーメンを食べに行ったことが懐かしいです。構ってくれてありがとう。
ザッキャ。去年は同じクラスで少し仲良くなれたかと僕は思います。そちらはどうでしょうか?退部しても試合に出続けてくれてありがとう。
岩佐。去年も隣のクラスでも仲良くしてくれて修学旅行も少し一緒にまわれたのが楽しかったです。ここまで一緒に戦ってくれてありがとう。
タクト。進撃の巨人をネタバレしたこと反省しています。ごめんなさい。試合中、スクラムやラインアウトで引っ張ってくれてありがとう。
越智。越智の生き方が一番好きです。傷心の僕を冗談で一蹴してくれて心が軽くなりました。みんなを奮い立たせてくれてありがとう。
マネージャーのみなさん。テーピングのおかげで試合に出られました。いつも優しくしてくれてありがとう。
先生方、いつもご指導いただきありがとうございます。
お母さん。洗濯、弁当作り、2年半毎日やってくれてありがとう。心配しながらも応援してくれてありがとう。いつも泥だらけで、弁当も量が多く大変だったと思います。ここまでできたのは、お母さんの協力があったからです。ありがとうございました。
今は県千葉ラグビー部に関わってくれた全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです。
今回のブログを書くにあたって、何を書こうかずっと考えていたのですが、いざ書き始めてみると今まで見てきた景色がありありと目に浮かぶものですね。歴代の先輩達がそれぞれの思い出を書いているのを見て文才のない自分も書けるか不安でしたがどうにか書けました。
今ではラグビー部で過ごす全ての時間がとてつもなく楽しくまだまだ引退したくないと考えています。最後の大会を迎える直前で自分の課題も残っていますが、最後まで戦い抜きます。笑うつもりでいてもきっと泣くと思いますが、悔し泣きでなく嬉し泣きで最後の瞬間を迎えたいです。
長文となってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。3年米田でした。



ありがとうございました!明日もお楽しみに!

2022年10月15日土曜日

髙橋組カウントダウン -あと7日-



こんばんは!
2日目は岩佐達樹(FL)!
ラグビー歴9年の大ベテラン。ラグビーが嫌いで高校では水泳部に入部するも、部員の情熱に負けて助っ人参加を決意。潜水タックルでチームを引っ張る仕事人。




助っ人として2年の冬からラグビー部に参加させてもらっている岩佐です。
ラグビーは小学1年生から中学2年生までクラブチームでやっていました。そこら辺の高校ラグビー部員より楕円球と触れ合ってきた期間は長いのですが、8年間圧倒的モチベーションの低さでラグビーをやっていたので、全く強くありません。こんなに長い期間やっていたにも関わらず、ここまで弱いのは相当才能がなかったのでしょう。

岩佐少年は、外で鬼ごっこをするよりも、室内でお絵描きをしているほうが好きでした。そんな息子をみて、両親はなにかスポーツをやらせようと考え、僕を佐倉市ラグビースクールに連れて行ったのだと思います。母がサッカーは足しか使えないけど、ラグビーは手も足も使っていいのだと教えてくれたのを覚えています。岩佐少年はラグビーは何か特別なスポーツであると感じて、ラグビースクールに入ることになりました。(僕が試合でボールを蹴ることはありませんでした。)しかし、岩佐少年はすぐにラグビーは痛いということに気付きます。

毎週日曜日にラグビーの練習という地獄がやってくる小学校6年間でした。なぜ僕はこの生活に耐えられたのかは謎です。人生の7分の1が地獄の練習日という日々はどう考えても最悪です。小学校を卒業するまでは辞めさせないと親に言われていたので、卒業したら絶対にラグビーは辞めてやると決めていました。同学年の人たちは当たり前のように中学生のラグビークラブに入ることをきめていました。

結論から申し上げますと、小学六年生の岩佐少年は(中学受験をしていないので)頭が悪かったので、人生最大の判断ミスを犯してしまい、中学生のラグビークラブチームに入ることになりました。その後どうなったかは、ここには書けそうにありません。県千葉でラグビー部の練習に行こうと決めた日に、クラブチームでの記憶は全て削除しておきました。当時のことを思い出してしまうと、ラグビーをやるなんてことは到底無理です。今までに感じたことのない恐怖と孤独と劣等感を感じながらラグビーをやっていたということは確かです。ラグビーが下手な僕は、チームメイトの輪から外れ、今まで仲間だと思っていた人がどんどん遠ざかっていくのを感じました。

中学2年生の秋に限界を迎え、もう二度とラグビーに関わらないと心に誓って、ラグビーをやめました。ここでラグビーをやめるということは、両親を始め多くの人に迷惑をかけることになりましたが、チームを去った日には8年間感じることのできなかった解放感を感じることができました。
心の平穏を取り戻した僕は、勉強に集中できるようになり、無事第一志望の県千葉に合格できました。

高校でラグビー部以外のどの部活に入ろうか迷っていた僕は、ラグビー部の猛烈な勧誘から逃げきって、結局水泳部に入ることにしました。県千葉のラグビー関係者の人に僕がラグビー経験者であることがバレていて、無理矢理ラグビー部に連れて行かれないかと恐れていましたが、そのようなことはありませんでした。

しかし、母親が買ってきたCanterburyのTシャツを何も考えずに着て学校に行った日に、同じクラスだった森浦ガイにラグビー経験者であることがバレてしまいます。その時僕はCanterburyがラグビーのスポーツブランドであることを知らなかったのです。(あまりにもラグビーに興味がなかったので。)僕が彼に絶対にラグビー部には入れないという事情を話すと、彼はいいヤツなので、ラグビー部の先輩にはこのことを秘密にしてくれていました。

しかし、時が経つにつれて、僕がラグビー経験者でラグビーが嫌すぎてやめたという話は徐々に広まっていきます。1年生のときにクラスが一緒だったガイとヒロキは常に、ラグビー部に入ろうよ!と僕に言っていました。僕がラグビー経験者であることはネタ扱いされていましたが、笑い事ではありません。ラグビーには二度と関わらないと心に誓っていたので、絶対に入らないと言い続けていました。

しかし2年生の秋に、ラグビー部が人数不足で助っ人を必要としており、岩佐をラグビー部に入れようとする動きが真剣になってくるのを感じました。そのときはすでに佳士郎と知り合いになっていたので、彼からは入部しなくていいから練習に来てくれと頼まれていました。これほど頼まれて、勝手な理由で断り続けるのは申し訳なさすぎると思いました。また、僕が練習に参加することで彼らのためになるのだという気持ちもありました。佳士郎が言うには、他にも助っ人がいるから、僕はベンチでいいと。(これはウソでした。)当時クラスで居場所を失っていた僕は、今までのことは全て忘れて、少しでも練習に参加しようと決意しました。

こんな理由でラグビーを始めましたが、練習に行く前は、ラグビーをもう一度始めてしまったことに後悔するだろうなと思っていました。それを覚悟で決めたことです。しかし、ラグビー部に行きたくないなどと思ったことは一度もありませんでした。ラグビー部の人たちは全員あまりにもいいヤツ過ぎたからです。ラグビー部の仲間と過ごす時間は本当に楽しくて、あの雰囲気が大好きです。ラグビーはいまだに怖くて痛いですが、ラグビーは痛いのでやっぱりやめたいなんて言葉は出てきませんでした。県千葉ラグビー部じゃなければ、僕はラグビーを続けることなんて出来なかったでしょう。チームの皆が友達なら、きつい練習も乗り越えることができてしまうようです。県千葉でラグビーをやって初めて、試合に勝ったときに心から喜べました。特に八千代松蔭戦での勝利は一生忘れられない思い出です。

僕は、小中学校での辛い経験を乗り越えてもう一度ラグビーと向き合えた、なんて立派なことは言えません。ラグビーをやっていた8年間で植え付けられたトラウマは忘れられません。しかし、県千葉ラグビーの仲間や先生方がラグビーを丁寧に教えてくださり、いつもサポートしてくださったおかげで、毎日の部活を楽しむことができました。部員のみんなや先生方にはとても感謝しています。

親がこれを読んでいるかわかりませんが、、、
小学1年生からの8年間、ラグビーをやめさせないでくれてありがとう。毎週死にそうな顔で練習に行く僕はみっともない息子だったけど、そんな僕をいつもサポートしてくれてありがとう。確かに辛い思い出ばかりだったけど、ラグビーをやっていなければ出会えなかった仲間や、感じることができなかった喜びがありました。県千葉でラグビーを出来たということだけでも、今までラグビーをやってきた意味があったと思えるようになりました。

本当はもっとラグビー部での思い出を語るべきなのですが、自分のことばかりになってしまいた。すいません。

大会で全力を出せるように、最後まで頑張ります。応援よろしくお願いします。



読んでいただきありがとうございました。明日もお楽しみに!

2022年10月14日金曜日

髙橋組カウントダウン -あと8日-


こんばんは!
髙橋組最後の大会まで、残り8日となりました。
そこで、本日からカウントダウンを開始したいと思います!3年生が大会に向けた思いを綴っているので、是非ご覧ください。



初日は、山崎廉(WTB)!
2年生の夏前に衝撃の退部。しかし、人数が足りないため結局公式戦フル出場。最後の大会ももちろんレギュラーとして出場予定。
退部した人間にも優しく仲間として接する髙橋組の寛大さに乾杯。
それではどうぞ!


3年のWTBの山崎廉です。カウントダウンということで、自分のラグビー部にいた時の思い出を書きたいと思います。

まず一年生の時、僕は小学校からずっとサッカーをやっていたので、サッカー部に入ろうと思っていました。しかし、体験に行ってみるとやはり人が多く、すっかり萎縮してしまい、入るのをやめようかな、と思い始めました。そこで、僕は様々な部活体験に行ったのですが、その中で1番楽しかったのがラグビー部でした。また、ラグビー部は僕の中学からの友達が多かったのもあって、僕は結局入部を決めました。
3年生の先輩が引退するまであまりプレーする機会はありませんでしたが、引退してからは人数が少なかったのもあり、チームの全員が出るようになりました。その中で僕はCTBとして出るようになりました。しかし、僕の対面する選手はみんな自分より圧倒的に大きく、吹き飛ばされることも多々ありました。ただ、その中でもなんとか食らいついてプレーできていたと思います。また、僕はサッカーをやっていたのもあって、コンバージョンキックという大役も任され、これはすごく楽しかったです。ほとんどコンバージョンを蹴るために練習に行っていたような感じでした。しかし、1年の終わり頃から2年の初め頃にかけて、僕は試合で2度の脳震盪をしました。この時期、僕は何回試合に出ても怪我をするような感じになってしまい、正直心が折れてしまい、部活を辞めました。

こうして僕のラグビー部としての期間は終わりましたが、その後も助っ人として試合には定期的に出ていました。僕は辞めた時、僕が押し切って無理やり辞めたのもあり、もう部員とは気まずくなり、話さなくなると思っていたし、覚悟もしていました。しかし、人数が足りなかったのが大きかったと思いますが、学校でも普通に接してきてくれたことを、すごく感謝しています。また、僕が試合に行った中だと3年の春の大会はすごく印象に残りました。助っ人含めて15人しかいない中でベスト4になれ、自分もその一員になれたことはすごく嬉しかったし、あの時の団結感や勝った時の高揚感はラグビーでしか味わえないものなのかなぁと思い、すごく行ってよかったと思いました。

最後に、今まで短い間でしたが僕のラグビー部の活動を支えてくださった方々、本当にありがとうございました。先輩方、とくに内田組の先輩たちは細くて怪我も多かった自分に様々なアドバイスや優しい声かけをしてくれて、本当にありがたかったです。先生方やマネージャー方、短い間でしたが熱心な指導、丁寧なサポート、ありがとうございました。
なんだかんだ3年の最後までラグビーの試合に出ることになったので、出るからには精一杯仕事をこなして、チームに貢献できるよう頑張りたいと思います。
ありがとうございました。




読んでいただきありがとうございました。明日の投稿もお楽しみに!